2010年11月25日木曜日

仕事仲間との人間関係

どーも。  時々はまじめなことも考えます。  塩崎です。


先日、ちょっとしたことではあったんですが、『何で?』という疑問から、心の中がモヤモヤして、夜も寝付けにくかったり、一日中考えていた出来事があったんです。

仕事仲間といろいろと意見を交える事で解決はできたんですけどね。

人の意見や考えに触れる事で自分自身が気付いていなかった視点に気付く事が出来て、『良い人間関係を作っていく』という意味で自分にも悪い部分ってあたかもしれないと思うと、もうすぐ29というアラサーの年代になってもまだまだ自分の心は良い方向に変わっていかなきゃいけないと感じています。

また1つ成長出来たんじゃないかと身の引き締まる想いです。


うちは本当に小さな職場で、病院なんかとは違って、病棟の看護師さんとかと折り合いがつかなくていがみ合っていても仕事が成り立つ…という環境ではありません。
(病院はそんなところじゃないよ!!って思われたらごめんなさい・・・)

訪問に出てしまえば、顔を合わせる機会は少なくても、月末処理や今月初めような規模の勉強会の運営はマンパワーではどうにもならないし、みんなで和気あいあいと仕事をしていかないとこなせないことが沢山あります。


人の出逢いと別れは本当に突然で、いつかは今の職場のメンバーとも仕事が出来なくなる日も来るんだろうな・・・と思うと、 その日が来るまでみんなと楽しく、良い仕事をしていきたい、みんなで最高の結果を残していきたい、そんなことができるような人間関係を築いていきたいって思うわけです。

もちろん人間ですから、疲れてしまって誰かを気遣うことが出来なかったり、悪気はなくても嫌な思いをさせてしまったり、どうしても折り合いがつかなくなって誰かを傷つけたりすることも少なからずあるかもしれません。

ただそれでも、辛いのに本当の事を誰にも言えずに仕事を辞めるって決断をされるよりも、本音で話をして、それを素直な気持ちで受け止められるような、そんな人間関係が築けたら嬉しく思います。


いろいろ理想を語りましたが、それを実現するにはもっともっと成長しなきゃいけない訳で・・・

人としての深み、厚みを増していかないといけませんね。


たまにはちょっとまじめな考えも語らなきゃいけないかなーと思う今日この頃です。


それではまた。

2010年11月17日水曜日

偶然・・・!!

どーも。  若干ビックリしました。  塩崎です。


何が?って話なんですが・・・

先日、会社で社長との個人面談がありました。

社長が持っているカード(まさにトランプのような)を1枚、好きなのを引いてそれに書かれてあるテーマについて話をするというものです。

引き当てたカードに書かれた言葉が『生きるとは』・・・

この話題において、石井先生がブログにも書かれていた死生観という言葉が出てきたのでビックリしました。


という訳で、偶然にも同じキーワードが出てきたので、面談の内容について(と言っても俺の考えに対して、社長の意見ですけどね・・・)文章にしてみたいと思います。


過去のブログでも多分書いたと思いますが、『生きるとは』でまずイメージしたことがとある利用者様のお言葉です。

「主人を無事に送ることができたので、もうやり残したことはありません。いつお迎えに来てもらっても悔いはない。」というお言葉。

日本人の平均寿命は女性で86歳前後だったかと記憶しています。

80~90年という年月を生きて、生きて、生き抜いて、もうやり残したことはない。


その人が一生懸命生きてきて到達することのできた境地。

まさに『生きるとは』このことではないか・・・と俺は考えています。


20~30代は自分のやりたいことを見つけて、それに向かって努力を惜しまないこと。

40~50代は次の世代に何が残せるのか?を考えること。

60~70代はまだ答えが見つかっていません。

80~90代はやり残したことはない。いつ人生を終えても悔いはない。と思えるような最後を迎えること。


今、俺はこの在宅というフィールドで理学療法を展開して早5年になろうかとしていますが、その中でとりあえず人生ってこうなのかな?って答え、考えを見つけています。

でもどうやったらその境地にたどり着けるんだろう?ってことなんですが・・・

その前にもう一つ掘り下げなきゃいけない事実があります。


明日生きている保証はどこにもないってこと。

どんなに健康な人でも何かの事故に巻き込まれるかもしれない。

どんなに元気な人でもどこかに病気が見つかるかもしれない。

そう考えると命あるものは明日も生きている可能性って100%ではないんですよね。


今生きている人のほとんどが、明日人生を終える確率よりも、自分の人生は平均寿命の80年近く生きるだろうって確率の方が高いだろうって考えていると思います。

もちろん、不幸にも病気や事故で、そうでない人もいるはずですが・・・


そんな自分の考えを話した後に社長が「死生観というものがないんだろうね。」と言われました。

何か面倒くさいことがあったら、もう明日でいいや!って思ってしまうのが人間だけど、でも実は明日それができる保証ってどこにもない。

また明日努力できる保証はないから、今日やっておこうって考えて、実践できる人が本当は偉い人なんだ。

といったお話でした。


石井先生と同じキーワードでも全く話の視点が違うので、少しだけ、石井先生の書かれてた内容に対して、自分の考えを書かせていただきますと・・・

とりあえず残された人にできることは、亡くなられた方をちゃんと送ってあげることだと思います。

送ってあげることができた後は、悲しみや喪失感で立ち止まってしまうこともあるかもしれない。

でも、残された自分は生きているのだから、自分にとって『生きるとは』何か・・・を考えて、亡くなられた人に恥じないようにまた前を向いて歩きだしてほしいなって思います。


俺ならそうしたい。

少しだけ立ち止まることはあったとしても、また歩きださなきゃ、最後までしっかり悔いのない人生を終えなきゃ、顔向けなんてできないですからね。


さあ、明日からも頑張りますよ!


それではまた!

2010年11月14日日曜日

デジタルテレビ

どーも。  久々にのんびりとした休暇を過ごしています。  塩崎です。


無謀にも行きたい!!と思ったら予定を組んでしまって、しばらく講習会ラッシュの週末でしたが、今月は先週の愛媛での講習会のみで、予定をいれていないんです。

とりあえず、しばらく夕食と寝るだけで(あと洗濯と入浴もちゃんとしてましたよ・・・)過ごしていた汚いお部屋を掃除しようと思っていたのですが・・・


11日(木)の夜に突然両親から電話がかかってきました。

「土日は予定空いとんのか?」

『空いてるけど何?』

「テレビ買いに行くぞ!」

『はい!?』

全く意味がわかりません・・・

というのも、2か月ほど前に実家ではデジタルテレビを購入しているんです。

『何で?』と聞くと・・・

「お前のテレビを買いに行くんよ。」

『だから何でいきなりそんな話になるん?』

「今月でエコポイントが半分になんねん。」

『いやいや、知ってますよ。そんなこと。』

「まあとにかく土曜日に行くから。」


そんなこんなでテレビを買いに行くことに・・・

いきなりの提案に臨時収入でもあったのか?エコポイントが目当てなのか?

理由を聞くとエコポイントが目当てだったようでした。


『お金はボーナスで返すから。』と言うと・・・

「かまなえ。返す気があるんやったら返してや。」


えぇーー・・・!?

絶対これ臨時収入があったんじゃないんですか?


この後に曰く、「親からしてみたら子供はいつまでたっても子供なんよ。」

はー・・・そんなもんなんでしょうかね?

ただ社会人としてのプライドはズタズタです(笑)

甘えてばかりもいられませんので、ボーナスでは返済したいと思います。


突然様変わりしたテレビ・・・

無駄に大きな箱・・・

もう部屋の中が変わりすぎて、途中だった掃除も何から手をつけて良いのか分りません。


まだ日曜日があるので、少しずつお掃除したいと思います。

まずは身の回りをチェンジです!!


それではまた。

2010年11月8日月曜日

第3回 ユアーズ・ケア リハビリテーション研究会 無事に終了!!

どーも。  感無量です。みんなに感謝!  塩崎です。


今年も石井先生をお招きして開催された第3回ユアーズ・ケア リハビリテーション研究会が無事に終了しました。

石井先生、参加してくださった皆様、開催にあたって準備などお手伝いしてくださったスタッフの皆様、とにかくすべての人に感謝です!!


こんなことを書くと会社に怒られるかもしれませんが、石井先生の追っかけを始めてから、いつか石井先生に愛媛に来てもらいたい!!という想いが芽生え、石井先生にも『愛媛で是非やりましょう!!』と言ってもらえて、そんな俺のわがままが具現化されたのがこの講習会なんです。(と俺は認識している。違うわ!バカたれ!!と会社に怒られるかもしれない・・・)

石井先生のパフォーマンスの高さが1年限りで終了させることはなく、「また石井先生に来てほしい!!」という参加者様の声を集めて、それに応えて、早3回目となりました。

とか言いながら、一番おいしい想いをしているのは俺かもしれない(笑)


でもやっぱり今回は改めて運営する側って大変だって認識をしました。

講師を依頼して、講習会を開いて、参加者様をお招きするってのは本当にマンパワーではどうしようもありません。

たった一人じゃ何にもできない。

やることはいっぱいあって、エネルギーを最大限に振り絞って、会を運営して、終了後にはバタンキューです。

昨夜は家に帰ったら死ぬように眠りました・・・


でも本当に最後まで頑張ってくれた、巻きこんでしまったスタッフのみんなに感謝だし・・・

アンケートにたくさん丁寧でスムーズな運営ありがとうとか、感謝の言葉をたくさん書いてくださった参加者様の皆様に感謝だし・・・

最高の2日間を提供してくださった石井先生に感謝なんです!!


マンパワーでは成し得ないことを、チームワークで成し遂げて、感謝の気持ちで一杯の今は本当に感無量です。

まだまだ身体の疲れは残ってるんだけど、決して嫌な感じじゃなくって、むしろ心地よささえ感じてしまう。


またこんな想いになれるように次に進まなきゃいけないんだけど、もう今は『第3回が終わった後』じゃなくって、『第4回の前』なんだけど、今はもう少しだけこの余韻にどっぷりとひたってから、さらなる感動を目指して前に進みますよ!!


それではまた!!

2010年10月31日日曜日

自分にできること・・・

どーも。  またいろいろと考えています。  塩崎です。


先日、小学校の3・4年の時の担任の先生が亡くなられました。

昨日、お線香を上げさせてもらいに、先生のお宅を伺ってきました。

11年寝たきりで他界した祖母と同じように、また何もできなかった・・・


地元で病院とかでPTとして働いていても先生のリハビリはできなかったかもしれない。

病院や家に押し掛けて行って『恩師なんでリハビリをやらせてください!』っていう訳にもいかない・・・

結局ライセンスだけ持ってても自分が自由に働けるフィールドがないと何もできない訳で・・・


そう考えると今の仕事を地元に持ち帰らないと、いけないんじゃないかなって考えています。

宮崎県の東国原知事が「宮崎をどげんかせんといかん」を言って県知事になったその想いがなんか分るような気がするんですよね。

『鬼北をどがいかせないけん』
 
そのために自分にできることは何かを考えていかなきゃいけない。
 
 
先生には少しは社会人らしいとこは見せられたかな?
 
それらしいことができたのはお見舞いを持っていけたことぐらいだな。

 
 
ご冥福をお祈りいたします。
 
できの悪い子供だったので、もしかしたら嫌かもしれないけど、また来世でお会いしましょう。
 
 
それではまた。

2010年10月28日木曜日

中森明菜

どーも。  若干悲しいことがありました。でも頑張っていきたいと思います。  塩崎です。


中森明菜が無期限の音楽活動休止ということらしい。

ちょっと彼女のパチンコ台にハマった時期があったので、個人的に気になる文章だったので見てみました。



明菜は45回目の誕生日だった7月13日、都内で行われたパチンコ新機種「CR中森明菜・歌姫伝説~恋も二度目なら~」の発表会見に登場。

実は、この会見当時、担当医に「我慢も限界に達している。できるだけ安静が必要」と忠告されていたという。だが、明菜は「これだけは頑張りたい」と拒否。
(サンケイスポーツ 10月28日(木)7時51分配信より引用)


う~ん・・・

体調管理も仕事のうち・・・などと言われることもありますが、なんかこの「これだけは頑張りたい。」とファンの前に姿を現した彼女にはプロ意識のようなものを感じてしまいました。

パチンコ新機種にいろいろ想いがあったんでしょうね。


仕事に対する想い・・・

なんか見習わないとなぁ~って思うんですよね。

『これだけは頑張りたい。』

なんか自分には思い当たることがなくって・・・


どの患者さんともベストを尽くすつもりで臨んではいますが、なんかマンネリ化じゃないけど、いつもの日常に慣れっこになってそういう気持ちがないような気がするんですよね。

考えててもしょうがないな・・・

とりあえず目の前の事を頑張ろう。


んじゃまた。

2010年10月25日月曜日

湯田先生を追っかける旅2

どーも。  旅に出過ぎてどこが家なのか分りません。  塩崎です。


またSENSTYLEの講習会に行ってきました。

若干ウザいって思われているかも知れません・・・


山嵜勉先生と湯田健二先生のコラボに参加してきました。

4月にも香川のCompiralignment Age’sでの講習会にも参加してきたんですけど、なかなか理解ができなくて、もう一回聞きたい!!と思って行ってきちゃいました。

湯田先生とは先週のDiscover the Pelvis-Level1-コースでもご一緒させていただいたので、2週も追っかけしちゃった訳です。


んで、なんで『旅2』かというと『旅1』は今年の4月に終了しています。

香川での講習会に、座間味ダイビング合宿、横浜での講習会と4月のうちに3週も追っかけしてきました。

あの頃は4~6月くらいにかけて精神的に病んでたんでブログが書けなかったんですよね。


湯田先生とは昨年10月のSENSTYLEで同じ舞台に立たせていただいた時からのお知り合いです。

あれから1年、またSENSTYLEの場で湯田先生のお話を聞くことができてすごく嬉しかったです。

湯田先生のお話が以前よりも理解できて、1年前に比べて自分のレベルもそれなりに上がっているみたいでした。


先週も湯田先生と飲み会でいろいろとお話をさせてもらって、自分のこれからのPT人生の刺激になりました。

またいろいろお話したいっすね。

臨床の事だけじゃなくって、臨床の裏側にある色んな想いも聞かせてもらいたい。

そんな人間味あふれる素晴らしい人です。


そんな湯田先生がブログを始められたらしいです。

http://ameblo.jp/1126yudaken/

無許可ですけど、多分講習会の資料にURLを乗っけてたくらいだから問題ないんじゃないかな?


みなさんも湯田先生の臨床の裏側の想いに触れてみてください。


それではまた。

2010年10月18日月曜日

田舎者の反省・・・

どーも。  昨日は田舎者の醜態をさらしてしまいました。  塩崎です。


昨日、文京学院大学からの帰り、湯田先生と由理ちゃんと鳥海先生(漢字あってるかな?)と途中までの駅まで一緒に帰ることに・・・

で、池袋駅にてまた切符を買わなくちゃ・・・(Suika?で良かったっけ?はもってないから・・・)と、みんなに迷惑をかけないように素早く行動だ!!と思って単独行動に出ました。

その結果、みんなを見失うことに・・・


完全にパニックになって、みんな山手線に乗るわけじゃないのに、みんな電車に乗った!?と思って迷わず山手線の方向にダッシュしちゃいました・・・

はぁぁーー・・・

別れ際にちゃんとみんなにご挨拶ができず、悲しい別れになっちゃいました。


田舎者は辛いな。

正しい判断ができなかった・・・

やっぱり東京で行動するときはsuikaを使わなきゃダメかなー。
 
 
みんな、ごめん・・・


別れ際にはちゃんと言葉を交わしたかった男の悩みでした。


それじゃまた。

2010年10月17日日曜日

福井先生を追っかける旅

どーも。  只今帰ってきました。  塩崎です。


この3週間は文京学院大学の福井勉先生を追いかける旅だった・・・

まずは今月の初めにあった、愛媛の全国研修会に始まり、先週のSENSTYLEの研修会、そして今週末の文京学院大学で沙開催されたDiscover the Pelvis-Level1-コース。


『ケツの穴』といえば福井先生の代名詞とでもいうべき言葉ですが、今回はまさに福井先生のケツの穴のでかさを知る旅でした。

愛媛では数年ぶりにお会いできて、講演の壇上から俺に笑顔を送ってくださっていたらしく、(まさか俺にそんな・・・と思って気付けなかったんですけどね・・・)翌週のSENSTYLEでは熱く握手をしていただきました。

今週は飲み会の席で蹴りを入れてもらえるようになりました。


もう福井先生と言えばビッグネームですが、そんな存在の方が俺のような大したことない人間に、先生の方から熱く握手をしてくださるなんて、本当に嬉しくて、福井先生のケツの穴のでかさを感じました!!

昨日は冗談で蹴りを入れてくださるなんて、そんな人間関係ができたんだなって思うとこれもまた、嬉しかったです。


そういえば美和子先生が福井先生の冗談にグーパンチで返すなんて一場面もあり、それも人間関係が成立しているからこそですよね。

そう考えるとやっぱり福井先生の蹴りはありがたいものなんじゃないかと思う訳です。(決してMではありません。)

てか美和子先生はグーパンチができるキャラの持ち主だったんだー!!って発見した感動がありました。

俺もいつか美和子先生にグーパンチしてもらおうっと!!


でもやっぱりあんな大師匠なのに、下の人間に自分から微笑みかけたり、握手できるという、下からの姿勢が福井先生のケツの穴のでかさなんだと痛感した3週間でした。

俺もそんなケツの穴のでかさを、改め、人間性の大きさを身につけたいものです。


それではまた。

2010年10月3日日曜日

朝青龍

どーも。  全研の後、ゴロゴロして過ごしました。  塩崎です。


朝青竜の引退の断髪式があったらしい。


Web上に出ていた産経新聞の記事によると・・・

「ともにモンゴルから来た朝赤龍関の時は思いが深くなった。相撲人生の目標だった千代の富士関(現九重親方)も来てくれた。ありがたい」

生まれ変わったら何になりたいか
 「大和魂を持った日本人として横綱になりたかった」

史上最多の優勝32回を超えたかったか 
 「達成していないから口に出すものではないが、それが何よりの目標だった」


というような文面が俺の心に残りました。

引退間際にはいろいろと事件がありましたよね。

その時の朝青竜の印象は『日本人らしくない・・・』でした。

まさに朝青竜の言葉を借りると『大和魂をもった』力士ではないという印象。


ボクサーがリングの外で人を殴ったら、その拳は凶器とみなされて逮捕されると聞いたことがあります(漫画でね・・・)が、やはり格闘家や力士などもそういった側面ってあると思うんですよね。

そんな人がそれらしくない行動がすごく目立ったように感じていました。


モンゴルという育った環境の問題なのか?

日本での生活の中で大和魂は育たなかったのか?

親方はどんな指導をしていたのか?


個人的にいろいろと朝青竜に対してネガティブな印象を持っていましたが、
日本の大横綱の千代の富士関を相撲人生の目標としていたことや、
大和魂を持った日本人として横綱になりたかったとか、
史上最多の優勝32回を超えたかったことが何よりの目標だったと発言していたことは、
日本の国技である相撲に本物の情熱を持っていたことの証だったんじゃないかと思いました。

たとえ日本人ではなくても、力士として、日本の横綱を目標にして頑張って、また後輩たちに目標にしてもらえるように大記録に挑みたかったんじゃないかな?と感じました。

もしかしたら朝青竜に大和魂と言えるような人間性があったら、あんな事件を起こさずに現在も大記録に挑み続けることができていたかもしれない。


当然、自分にも目標としている人がいるし、将来は目標としてもらえるようなPTになりたいと思っています。

心技体という言葉がありますが、心(人間性)が優れてなければ研鑽し続けることもできないかもしれない。

なんとなくそう思った今日この頃です。


理学療法士としての大和魂とでも言うべき人間性は、患者様やご家族様にも認めていただかなければいけないし、同業者にも認めていただかないといけない。

なかなか深いテーマだな・・・


ほなまた。